| 第11回目となる日本映画祭が今年も大盛況のうちに幕を下ろした。ゲストとして来豪した、「いつか読書する日」の緒方明監督に映画づくりへの思いを聞いた。
映画は観客が発見するもの
インタビューの前日。映画祭で「いつか読書する日」が上映された後、舞台上には観客の質問に答える監督の姿が。この時、非常に印象的な一幕があった。川で水死した槐多(岸部一徳)が引き上げられた時に笑っていた理由を聞かれ、「あなたはどうしてだと思いますか?」と監督が逆に尋ねたのだ。「プールで溺れた時に美奈子(田中裕子)に笑われたことを思い出したからではないですか」という答えを聞くと、「良い観客ですね(笑)。映画とは発見するもの。そういう風に思っていただけてよかった、というのを答えにさせてください」と満足そうな表情を浮かべていた。
「人の心の中にずっと残って、じわじわと効いてくるような作品が好き。お客さんに面白さを発見してもらいたいと思っています。表現とは結局、見る人のイマジネーションをどれだけ喚起できるかということですから」。緒方監督の作品を見た後には、誰かと話をせずにはいられなくなる。それは作品が投げかけている問題の答えが映画の中ではなく、観客の側にあるからなのだ。もっと言うなら、緒方作品はストーリーをかいつまんで説明することすらも難しい。「いつか読書する日」は確かに"中年男女の不器用な恋を描いたラブストーリー"だが、"50代の独身女性が一人で生きていく話"でもあれば、"35年間自分を殺して生きてきた男の話"でもあり、"死を前にした妻が、夫に本当に好きな女性と共に生きてほしいと求める話"でもある。
「世界的な主流はジャンルムービー。ハリウッドでも各国の映画祭でも、『どんな映画なのか?』とカテゴライズした上で観客が乗ってくる。ロバート・アルトマンの作品と同じように、そうした流れに真っ向から反対しているのが、青木と僕が作る映画です。それに加えて僕らの作品は原作のない、オリジナル脚本。原作がないと配給会社が二の足を踏む。撮影前の段階の頃も、完成後もすごく苦労しました。配給会社が見つからず一年経ちましたから。あの時は冗談抜きでウツになりましたね(笑)。公開してみたら、賞も取って、"ザマーミロ!"でしたけど。そういう意味で、この作品はすごく苦労した"難産の子"でした」
脚本家、青木研次氏とのコンビ
”青木”とは、前作「独立少年合唱団」からコンビを組んでいる脚本家の青木研次氏。TVドキュメンタリー時代からの相棒である青木氏の脚本は緒方作品には欠かすことのできないもの。完成度の高いその脚本は、2005年の芸術選奨文部科学大臣新人賞や第27回ヨコハマ映画祭脚本賞など各界から高い評価を受けている。
「尊敬しています。友達ではないけど(笑)。今時珍しい孤高の作家ですよ。彼はもともと詩人志望で、脚本は非常に文学的。僕の仕事は文学をどう肉体化、つまり映像化するかということ。『いつか読書する日』のプロットが届いて読んでいたら、美奈子が故郷の坂道を駆け上がって行く光景がふっと浮かんできました」
故郷長崎でのロケ
美奈子が牛乳を配るため駆け上がる細長く入り組んだ坂道は、それ自体が何かを語りかけるように印象的だ。
「『独立少年合唱団』を撮った後、講演など故郷の長崎での仕事が増えたんです。小中学校の多感な時期を過ごしたこの街を一人で歩いていて、ここで映画が撮れたらと常々思っていました。中学校時代の通学路には映画館があって、いつもいろんな作品の看板がかかっていました。一人で見に行ったり、映画が大好きだった父親と一緒に行ったり、本当にたくさん見ました。自分の中で映画の産声が上がった街でもあるんです」。長崎は監督が映画の世界に入ることになった出発点と言っていい。
現代は「個」の時代
「いつか読書する日」の主人公は地方の街で一人暮らす50代の独身女性。物語の主役に最もなりにくい対象に焦点を当てたのはなぜなのだろう。
「30代はずっとTVのドキュメンタリーで歴史上の人物を追いかけてきました。その結果思ったのは、『年表に載らないような個人の歴史をやりたい』ということでした。ここ20年で、東京だけでなく地方でも独身女性が増えました。美奈子は日々をきちんと生きていくことを自らに課した人ですが、彼女を描くことで、一人で生きていくとはどういうことなのかを描きたかった。人は一人で生まれて一人で死んでいくもの、同じものを見ることはできても、分かち合うことは決してできない。結婚していても、子どもがいても、孤独なんです。そして、これこそが戦後日本の形なんじゃないかと。だからこの作品には家族は出てきません」
「独立少年合唱団」
個人的な話になるが、前作「独立少年合唱団」を初めて見たときの衝撃は今でも忘れられない。エンドロールが終わっても、しばらく立ち上がることができなかったほど。70年代の男子中学校が舞台、思春期の少年を縦軸に、遂げられなかった思いや儚さを描いた緒方監督のデビュー作。青木研次の優れた脚本、主役の少年を演じた伊藤淳史と藤間宇宙の見事な演技、そして「いつか読書する日」での坂道のように、合唱が作品をさらに奥深いものにしていた。
「今思うと、かけがえのなさ、成長する一瞬の時期の美しさと残酷さを描きたかったんでしょうね。少年にこだわりたかったというのもあります。学生運動を後ろで見ていた世代と言いましょうか。70年代という時代もポイントの一つでしたね。酒鬼薔薇事件(神戸連続児童殺傷事件)を見て、戦後の日本はねじれてしまったなと、そのねじれの始まりが70年代にあったんじゃないかと思ったんです」
元革命戦士の教師清野を演じた俳優の香川照之はこの作品でキネマ旬報助演男優賞を受賞、以降、演技派俳優としての地位を確立していくことになった。
「香川君とは今でもよく話すんですけど、あれ(『独立少年合唱団』)はあの年の奇跡だと(笑)。合唱は吹き替えなし、撮影日数はトータルで5週間ですが、その合間に合宿体制で合唱の練習やリハーサルを8ヶ月間やりました。香川君はいつも軍曹のように子ども達を怒っていました(笑)。大道具や機材もよく運んでいましたね。『いつか読書する日』に輪をかけた低予算映画で予算は5千万。スタッフ・キャストはみんなほとんどノーギャラと言ってもいいほど。香川君は撮影中に車を売ったそうです」
新作も「緒方・青木ワールド」
緒方・青木組の新作の予定を聞いてみた。
「この夏、二人で新作のシナハン(シナリオハンティング)のために東北をずっと旅行してました。去年の暮れに書くはずだったんですが、だいぶ遅れてまして、今青木が書いています」。交通事故がテーマで、子どもを殺された被害者と加害者が恋に落ちてしまうというヘビィーなストーリー。撮影は再来年になる予定。「青木ワールドが炸裂する」(監督談)という新作が非常に楽しみだ。
緒方明監督
プロフィール
1959年佐賀県出身。9歳から15歳までを長崎で過ごす。福岡大学在学中に石井聰瓦監督と出会い、石井作品で助監督を務める。1980年の自主制作映画「東京白菜関K者」がぴあフィルムフェスティバルで入選。その後、「ETV特集」「驚きももの木20世紀」などのテレビドキュメンタリーを中心に活躍。初めての劇場映画「独立少年合唱団」(2000年)で第50回ベルリン国際映画祭アルフレードバウアー賞(新人監督賞)を受賞した。続く「いつか読書する日」(2005年)ではモントリオール世界映画祭審査員特別賞を受賞した。
お話の後に
毎年多数公開される劇場映画の中で、大人が見て静かに思いを巡らせたり、誰かと語り合ったりできる良質の作品が一体どれくらいあるだろう。緒方監督はそうした作品を撮ることのできる、数少ない作り手の1人。だからこそ、世界中で最も会いたい監督の1人でもあった。刹那的な娯楽作品を悪いとは言わないが、良い作品とは、約2時間の上映時間だけでなく、見終わった後にまで残り、時にはその後の人生にまで影響を与えてくれるもののことを言うのではないか。そうした映画作りには人一倍苦労も多いのだろうが、これからも見ごたえある傑作を世に送り出して欲しいと切に願う。
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