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シドニーの月刊日本語情報誌 「Japaralia」に連載中の映画評を掲載しています。
Text by 竹内牧子

2006年12月

奇術に取り憑かれた二人の男の物語

プレステージ(邦題未定)
The Prestige
(M)

 突然だが、12月3日は何の日かご存知だろうか?手品の掛け声「ワンツースリー」にちなんで「奇術の日」(日本奇術協会)と言うのだそうだ。手品と言えば、小さい頃デパートの玩具売り場で生の手品を初めて見た時の興奮を思い出す。マジックを見るのはとても楽しい。しかし本作品によると、それを演じることはどうやらもっと楽しいことのようである。

 19世紀末のロンドン。奇術が今よりもっと人気があって娯楽の花形であった時代、二人の若い奇術師が頭角を現しつつあった。スマートで華やかなルパート(ヒュー・ジャックマン)と研究熱心で気性の荒いアルフレッド(クリスチャン・ベイル)。友人同士だった二人は、ショーの最中に起こった事故でルパートが恋人のジュリア(パイパー・ペラーポ)を亡くしてしまったことを機にいがみ合うことになる。互いのショーを邪魔し合う二人。ある日、アルフレッドの新しい奇術「瞬間移動」を見たロバートはその秘密を盗もうと助手のオリビア(スカーレット・ヨハンソン)をスパイとして送り込むのだった。

 シドニー出身のオージー俳優で今やハリウッドのトップ俳優の一人にも数えられるようになったヒュー・ジャックマン。今年はトニー賞受賞ミュージカル「ボーイ・フロム・オズ」の長期公演がシドニーであったので、彼の雄姿を間近に見た人も多いだろうが、高身長でよく通る声を持ったジャックマンは本当に舞台映えする人だ。光り輝く人気マジシャンという役柄にぴったりである。一方のクリスチャン・ベイルはどうかというと、正統派二枚目の彼がこれまで演じてきた役柄とは一線を画す、どちらかというと垢抜けない変わり者の役をこちらも見事に演じきっている。演技派俳優への道を着実に歩んでいると言えよう。光と陰のような対照的な二人だが、舞台の上で観客からの拍手喝采を至福の表情で浴びているのはどちらも一緒。いがみ合いの真の理由は、この栄誉を相手に渡すまいとするエゴに他ならない。舞台で受ける賞賛というものは何にも変え難い、それはそれは素晴らしいもののようである。

 監督は「メメント」で「場所の瞬間移動術」ならぬ、「時間の逆移動術」を披露、世界中の映画関係者からの賞賛を勝ち取ったクリストファー・ノーラン。今回もラストにあっと驚く仕掛けを用意している。さらにマイケル・ケイン、デビッド・ボウイがそれぞれ、トリック技師、発明家として脇を固め、キャストもかなり豪華。見る価値十分の一本。 

2006年11月

クライブ・オーウェン主演の近未来SFスリラー

トゥモロー・ワールド
Children of Men (MA)

 晩婚、未婚で出生率が低下、少子化の進む現代日本。かくいう私もその流れに手を貸している一人だが、「子供が生まれない未来」をテーマにした近未来SF映画がここに登場した。

 時は、西暦2027年。人類は繁殖能力を失い、最後の子供が生まれてから18年。世界は混乱の中にあり、内戦やテロが勃発。独裁政権が勢力を振るう英国は唯一安定を保ち、移民が殺到していた。かつて平和活動家だったセオ(クライブ・オーウェン)は、元妻で現在は反政府組織FISHのリーダーのジュリアン(ジュリアン・ムーア)から助けを求められる。組織の仲間、キー(クレア・ホープ・アシティー)を無事に国外へ逃がして欲しいというのだ。武装勢力からの攻撃を受け、命を落としてしまうジュリアン。そんな中、キーの妊娠が明らかとなる。子供を政治的に利用しようとするFISHの仲間ルーク(キウェテル・イジョフォー)らの追撃も逃れつつ、旧友のジャスパー(マイケル・ケイン)の助けを借り、逃亡を続けるセオとキー。そんな時、キーが産気づいて・・・。

 脇を固めるマイケル・ケインのヒッピーおじいさん的な風貌も一見の価値ありだし、キウェテル・イジィフォーも相変わらずカッコよくて存在感があるのだけれど、本作はやはりクライブ・オーウェンがいい。舞台出身で下積み時代が長かった彼だが、2002年の「ボーン・アイデンティティー」以降、「クローサー」(Closer)「キング・アーサー」(King Arthur)「インサイド・マン」(Inside Man)などハリウッド大作への出演が相次いでいる。ヒーローを演じても、悪役を演じても、説得力のある俳優さんだなと注目していた。長身で、よく見ると(失礼)もちろん整った美形なのだけれど、そのもごもごっとした話し方のせいか、よれよれのコートが似合いそうな、ちょっとくたびれた雰囲気がある。本作でも彼のそんなキャラがいい感じに出ていた。今後年齢を重ねて、各方面からさらにオファーがかかることは間違いないだろう。男優陣がカッコよかっただけに、ジュリアン・ムーアにはがっかりさせられた。反政府組織のリーダーにしては、身奇麗すぎるのだ。もっとはじけてほしかった。

 監督は、「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」のアルフォンソ・キュアロンで、武装勢力との激しい攻防戦を長回しのショットでじっくり見せている。痛々しいシーンが多く、試写室では"Oh God!"などとため息があちこちから漏れていた。

2006年10月

ブラックな笑いの後に、涙

リトル・ミス・サンシャイン
Little Miss Sunshine
(M)


 二十年以上前に亡くなった祖父の夢を今でもよく見る。気性の激しい父とは対照的に、穏やかで、冗談を言っては家族を笑わせることばかり考えていた祖父。私は、そんな陽だまりのような祖父のことが大好きだった。

 オリーブ(アブリール・ブレスリン)もお祖父ちゃんが大好きな女の子。ジュニア・ミスコンテスト(Junior Miss Pageant)に出場するのが夢のオリーブのもとに、ある日ミスコン事務局から予選通過の知らせが届く。狂喜したオリーブと共に、コンテストに出場するため、一路カリフォルニアへと旅立つ一家の旅が始まる。・・・と書くと、ハートウォーミングな家族のロードムービーと思いきや、この一家、実は問題児の寄せ集め。怪しげな(?)ポジティブ・シンキング事業に入れ込む父(グレッグ・キニアー)、唯一まともだが神経症的な母(トニ・コレット)、孫には優しいがドラック中毒者の祖父(アラン・アーキン)、人間嫌いで家族とも筆談しかしない兄(ポール・ダノ)。問題満載の家族の旅に、とどめを刺すかのようにさらに強力なメンバーが加わることとなる。恋人と仕事を同時に失って自殺未遂をした叔父(スティーブ・キャレル)。その恋人とは・・・、男性だ。

 問題児達の旅だから、状況はどんどん悪くなる。父の事業はいよいよ頓挫し、兄は自分の身体的欠陥を知り自暴自棄になる。恋人と仕事を奪った友人と再会してしまう叔父。旅の疲れかはたまたドラックの過剰摂取のせいか、祖父は息を引き取ってしまう。一時はココンテスト出場も危うくなりつつも、なんとかミスコン会場に辿り着く一家。周りを見れば、他の出場者はお色気満点の美少女揃い。ぽっこりお腹の出たオリーブは既にめちゃめちゃ浮いている。皆がプロ並みの歌やダンスで観客の賞賛を勝ち取る中、オリーブはお祖父ちゃん直伝の踊りを披露する。ストリップ・ダンスという踊りを・・・。

 当然ながら、観客からは非難の嵐。「止めさせろ!」の声に一瞬迷ったものの、父はなんと娘と一緒にストリップ・ダンスを踊り始めるのだ。追いかけるように踊りに加わる、兄、叔父、そして最後には母も。数え切れないブラックな笑いの後に、気がつくと涙が頬を伝っていた。世間的にははみ出し者のままだし、不器用なやり方だったけれど、いつの間にか一家は本当の家族となっていた。本当の家族とは、世の中の全てを敵に回しても、同じ側に立つということなのだ。ここまで読んでいただけばお分かりかと思うが、問題家族を演じる役者陣は誰もが甲乙付けがたく素晴らしい。オージー俳優、我らがトニ・コレットもいつもながら、計算し尽した正確な演技を見せている。

 オリーブは大好きなお祖父ちゃんのことをずっと忘れないだろう。もちろん、直伝のストリップ・ダンスと共に。

2006年9月

オパール色の夢、キラキラ

ポビーとディンガン
Opal Dream (PG)

 小さい頃、親にレコードをかけてもらうのが大好きだった。くるくると回るレコード盤を見つめては、この下に小人がいて歌を歌っているのだと疑わなかった私。大人にとってはあり得ないような発想をするのが子供なのだ。

 オーストラリアの片田舎。アシュモル(クリスチャン・ベイヤース)は11歳。オパール鉱夫の父レックス(ヴィンス・コローシモ)と母アニー(ジャクリーン・マッケンジー)、9歳の妹ケリーアン(サファイア・ボイス)と共に暮らしていた。何の変哲もないこの一家の、唯一よその家と違うところは、ケリーアンに目に見えない友達(imaginary friends)のポビーとディンガンがいるということ。毎日の食事の時も、学校の発表会で舞台に立つ時もケリーアンはいつも彼らと一緒なのだ。ある日のこと、ポビーとディンガンがいなくなったと心配するケリーアン。二人の捜索をせがまれた父レックスは夜中オパール採掘場でポビーとディンガンを探すのだが、仲間の鉱夫に盗掘と間違われ町中からratter(裏切り者)の濡れ衣を着せられてしまう。火炎瓶を家に投げつけられ、職を失い、果ては盗掘のかどで裁判にまで発展と、一家は窮地に陥る。さらに二人の親友が消えてしまったことで病気になり入院してしまうケリーアン。妹を助けようと、もう一度オパール採掘場を訪れたアシュモルはそこであるものを発見するのだった。

 ケリーアン役のサファイアも、妹思いのアシュモルを演じるクリスチャンもほとんど演技の経験がないとは思えない素晴らしい表情を見せている。若手に負けてなるかと、オーストラリア映画界を代表する二人の俳優、ヴィンス・コローシモ、ジャクリーン・マッケンジーが、典型的なオッカーの父親と、娘同様どこか夢見る少女の名残がある母親を的確に演じている。特に四十を目前にしたコローシモはまだまだ色気があって、無骨な荒くれ男を演じていてもほんのふとした仕草がとてもセクシーだ。息子にネクタイの結び方を教えてやるシーンが一瞬大人の男を感じさせて、とても印象的だった。

 原作は世界的なベストセラーとなったベン・ライスの同名小説(小説名はPobby and Dingan)で、この作品は」1999年に彼がオーストラリアを訪れた時の印象を元に書かれている。人の優しさとか善意によって導かれたラストシーンは、オーストラリアの小さな町だからこそ起こりうる話なのだろうと思った。監督は 「フル・モンティ」(The Full Monty)のピーター・カッタネオ。「フル・モンティ」は個人的にベストテンに入れている大好きな作品だが、見終わった後に心の芯がじんわりと温かくなるところは今回も同じだった。世界に誇れるオーストラリア映画がまた一つ誕生したと言えるだろう。

2006年8月

信じれば、夢は必ず叶う

フッティ・レジェンド (邦題未定)
Footy Legends (PG)


 オーストラリアにやってきて、一番初めに住んだのは、ウエスタンサバーブのリバプール。失業者、年金生活者、低所得者が多く住むこの地域、その印象は、「不便で楽しいことが何もないところ」だった。

 あまり映画の舞台になることがないウエスタンだが、昨年の「リトル・フィッシュ」(Little Fish)に続きこの地を舞台にした作品がまた登場した。ベトナム人のルーク(アン・ドー、SBSの「ピザ」などに出演)は失業中。彼に幼い妹アン(リサ・サガース)の養育は無理と判断した、ケース・ワーカーのアリソン(クラウディア・カルヴァン)はアンを施設に入れるようルークに要求する。妹を手離したくないルークは、高校時代のフッティ仲間に声をかけ、優勝賞品のホールデンの新車とアパレルメーカーLoweでの雇用契約をゲットするため、フッティの大会「ホールデン・カップ」に出場する。猛練習に励む彼ら、地域の声援も受けて、なんと決勝まで勝ち進む。しかし決勝戦の相手はフッティの往年の名選手がずらりと揃った強敵。さらにルークは相手チームの監督(ピーター・フェルプス)から決勝戦で負けることを条件に彼のチームに入らないかと持ちかけられてしまう。

 電線に引っ掛けられたスニーカー、路上に放置されたソファー、センターリンクに並ぶ人々・・・こんなリアリティーたっぷりのアイテムをさりげなく挟み込んでいくのも、この地で育った監督ならでは。昨年のYoung Australian of the Yearを受賞したコーア・ドー監督は「ウエスタンには何もすることがなかった。だから小さな頃からフッティばかりやっていた」と語る。フッティを題材に映画を作ったのも自然な流れだったのだろう。しかし本作はフッティの映画に留まってはいない。「ホールデン・カップ」への出場は、ルークだけでなく、それぞれ苦しい状況にあるチームメイト達にも希望を与え、さらには地域の人々みんなの大きな夢ともなっていく。作品のテーマである「信じれば、夢は必ず叶う」というメッセージが説得力を持って伝わってくるのは、幼い頃ベトナムから移住してきたこの若い映画監督が、低予算の中、見事劇場用映画を完成させ、自ら夢を実現させているからに他ならない。

 あれからだいぶ時間が経ち、今はウエスタンを遠く離れもう長いこと行っていない。あの時はとても不自由な思いをしていたはずなのに、この映画を見てウエスタンがなんだかとても懐かしかった。久しぶりに西行きの電車に揺られてみようかと思ったひと時だった。


2006年7月

二転三転のラスト

ハーフライト (邦題未定)
Half Light (M)


 霊感もないし、非現実的な事象も信じないのだけれど、現在の家に引っ越したばかりの頃、一人で部屋にいると誰かがすっと横を走り抜けていくような気配を感じたり、夜眠ろうとすると誰かにそっと起こされるような気がしたりしていた。数ヶ月経ち、今では家の住人と見なされたからか、この頃はそういった現象は起きなくなったけれど、別の世界からのメッセージというものも、ありえなくはないなと思うようになった。

 人気作家のレイチェル(デミ・ムーア)は、不慮の事故で幼い息子を亡くし、失意の中にいた。傷心を癒し、次回作の執筆をするため、スコットランド高地の孤島に一人移り住むレイチェル。年下のハンサムな灯台守アンガス(ハンス・マシソン)と出会い少しずつ癒されていく彼女だったが、死んだ息子の気配を身の回りに感じるようになる。息子を死なせてしまった自責の念から息子の影におびえるレイチェルだったが、村の変わり者の女性モラグは彼女を一目見てこう言う。
"Your son is waiting for you on the swings." 「坊やがブランコで待ってるわ」
"My son? My son drowned." 「何ですって!?息子は溺れて死んだのよ」
"He follows you everywhere. He is trying to warn you." 「坊やはいつもあなたと一緒よ。気をつけてって、言いたいのよ」
"About what?" 「気をつけてって、何のこと?」

 そんな時、村人達からアンガスに関する信じ難い事実を知らされるレイチェル。心のよりどころと思っていたアンガスは一体何だったのか、それとも村人全員が自分を騙しているのか、そして息子からの警告メッセージの本当の意味は・・・。二転三転のひねりを効かせ、最後まで飽きさせないところが気に入った。

 今回、出世作「ゴースト」とはかなり毛色が違うお化けモノに取り組んだデミ・ムーア。女性誌でよく見かける、16歳年下の夫アシュトン・クッチャーとのツーショット写真では驚異的に若々しいデミだが、やはり大きなスクリーンでアップになると実年齢なりの美貌という感じがする。だからこそ、亡き息子への愛しい思いと年下の若者へのときめきを抱きつつ、勇猛果敢に身の危険に対処する強くて美しい女流作家役がしっくりくるのだろう。実際のロケは北ウェールズの島で行われたそうだが、悪天候に見舞われ大変だったよう。撮影終了時、デミはビール20箱をプレゼントして、クルーの労をねぎらったのだとか。実生活でも男前のデミのようだ。

2006年6月

嘘がつなぐ妻と夫

セパレイト・ライズ (邦題未定)
Separate Lies (M)

 全てが完璧で陰りなど微塵もなく、他人からはまさに理想のカップルと羨まれるような男女関係にも、それはまあ人間だからよくよく探せばアラの一つや二つは出てくるだろう。しかし、何もかも持っていると思っていたのは自分だけで、相手の側には何一つ真実がなかったとしたら。

 弁護士ジェイムズ(トム・ウィルキンソン)はやり手の弁護士。普段はロンドンのフラットで激務をこなし、週末は郊外の広い別荘で若く美しい妻のアン(エミリー・ワトソン)とともに静かなで充実した時間を過ごしていた。ある日のこと、別荘の家政婦の夫がひき逃げに遭って亡くなってしまう。ジェイムズは、離婚してNYから帰ってきたばかりの知人の若者ウィリアム(ルパート・エヴェレット)の車に不振な引っかき傷を認め彼を疑い、彼を問い詰める。

 ウィリアムは容疑を認めたが、それは事件の真相の一端に過ぎなかった。帰宅したジェイムズが、ウィリアムの告白をアンに告げる。使い勝手の良い広いキッチンで、夕食用にオードブルの盛り合わせを用意しているアン。ウィリアムを何故か庇うアンに、ジェイムズは彼女の異変を感じ取る。彼女の押し殺した表情と、強すぎる勢いでチーズやズッキーニーを刻んでいく様子が、ことの重大さをさらに増幅させていく。

 "Even you sometimes make mistakes." 「あなただって間違うことはあるでしょ」
"I don't usually kill people. What is it? Am I missing something?" 「僕はめったなことじゃ人は殺さないよ。一体どうしたっていうんだい?僕は何か大事なことを見落としているのかい?」
"Yes. I was with him." 「ええそうよ。彼と一緒だったのよ」

 信じていた妻の不貞を知り愕然としながらも保身のために奔走するジェイムズを演じるウィルキンソン、夫に不倫がばれてもなお、愛人のもとへ走るアン身勝手なアンを演じるワトソン、いかにも放蕩息子なウィリアムを演じるエヴェレットと、メインキャストの役者達はそれぞれ的確な演技で魅せてくれる。とりわけ、前作「奇跡の海」では純粋でかつ性に奔放なヒロインを演じた彼女だったが、勿体ぶったアッパーミドルの人妻をぴたりと演じるワトソンに、ただ者ではない演技の幅の広さを再認識した。ジェイムズとアンの夫婦は一度全てを失うが、失って初めてお互いを見つめあい、愛し始めようとする。うわべの虚飾に惑わされて現実を直視できないでいるうちは、永遠に真実を手に入れられないということなのだろうか。

2006年5月

親子を照らす柔らかな日差し

ある晴れた日に (邦題未定)
On A Clear Day (PG)


 オーストラリアに暮らしていて、いつも感謝しているものがある。色鮮やかに晴れわたるこの青空だ。ちょっと疲れて、体や心がカゼをひきそうになってもこの空を見上げたら、大抵は「ま、いっか」と癒されてしまう、とてもありがたい存在なのだ。

 けれど世界中の空が全て、私たちの空のように気前良く晴れまくってくれているわけではもちろんない。例えばイギリスなんかどうだ。いつもどんよりと重々しい雲がたちこめて、お天気の日なんて年にほんの数日だ。"On A Clear Day" (ある晴れた日に(邦題未定)と題された本作ではあるが、空はやっぱりどんよりと曇っている。長年勤め上げた造船所を解雇されたフランク(ピーター・ミュラン)は人生の目標を失ったような気持ちでいた。十数年前、双子の息子の一人を事故で失って以来、残された息子ロブ(ジェイミー・サイヴス)との関係は断絶、妻のジョアン(ブレンダ・ブレシン)も夫と息子の絆を修復してやることもなく、家族はバラバラだった。そんな時、同僚のダニー(ビリー・ボイド)がふと口にした冗談から、フランクはドーバー海峡を泳いで横断することを決意する。無謀とも思えるフランクの計画だったが、彼の強い気持ちは彼自身と周囲の人々の気持ちを少しずつ変えていく。

 失業、肉親の死、親子の断絶・・・。この重くシリアスなテーマを、曇り空はこの上ない大道具として大いに盛り立てている。カンヌで主演男優賞を受賞した「マイ・ネーム・イズ・ジョー」での演技が印象的な、フランク役のピーター・ミュランはいつも眉間に皺を寄せていて、この世の不幸を一身に背負っているよう。とてもとても重苦しくてお腹が一杯、と思っていると、この重く立ち込めた雲が次第に消えていき、雲の切れ間から光が差し始める。光の一つは、フランクを盛り立てる元同僚や友人達だ。フランクを助けているようで実は彼らも自分達の問題に向かい合おうとしている。そしてもう一つの光は妻のジョアンだ。ジョアン役のブレンダ・ブレシンといえば、オスカーを獲得した「秘密と嘘」が思い出されるが、相変わらず上手い。くたびれて崩れて少しだらしないんだけれど、色気があって憎めなくて。

 周囲の人々に見守られながらドーバー海峡を泳ぎ切った時、フランクの心に長年立ち込めていた厚い雲がようやく消え、断絶していた親子の絆が再生する。空の雲もすっかり晴れていて、柔らかな日差しが親子を優しく照らしている。オーストラリアのようなピーカンではないけれど、淡い穏やかな青空も中々いいもんだと爽やかな気持ちにさせられた。

2006年4月

パラサイトシングルは世界共通?!

フェイラー・トゥー・ローンチ (邦題未定)
Failure to launch (M)


 "tied to one's apron strings" (エプロンの紐に縛り付けられて)というクリーシェ(決まり文句)がある。平たく言うと「(特に母親から)親離れできないでいる」こと、つまりは"パラサイトシングル"な状態のこと。この言葉が日本で市民権を得てから久しいが、パラサイトな人々はここオーストラリアでも増殖中と聞く。不動産が値上がりし、マイホームを手にすることがどんどん難しくなっている昨今、それもさも有りなんといったところだ。ところで、そんなパラサイト族がはびこっているのは日豪だけではないようだ。

 トリップ(マシュー・マコノヒー)は35歳で独身。これまで一度も"leave the nest" (親元を離れて独立する)なんて考えたこともなく、あたかも家政婦付きの高級マンションに暮らすかのように、両親との快適な同居を楽しんでいた。業を煮やした両親は敏腕のコンサルタント、ポーラ(サラ・ジェシカ・パーカー)を雇い、トリップを家から追い出そうと画策する。知的でチャーミングなポーラにすぐに魅了されるトリップ。ポーラの計画が無事完了するかに思えた時、ひょんなことからトリップは全てを知ってしまい・・・。

 良い年をしてなかなか家を出て行かない主人公トリップを演じるのは、米雑誌「ピープル」の最近の読者アンケートで、「近頃最もセクシーな男性」という栄誉に輝いたマシュー・マコノヒー。対する魅力的なプロの"自立させ屋"ポーラを演じるのは「セックス・アンド・ザ・シティ」 (Sex and the City)でお馴染み、映画でも主演作が続くサラ・ジェシカ・パーカー。パーカーは旦那のマシュー・ブロデリックも仕事が順調、さらには自身の名前を冠した香水も昨年発売されて、公私共にノリに乗っている。そんな今を輝く二人の共演が、容易に先が読めてしまう本作をかろうじて退屈させることなく見せてくれる。ポーラのフラットメイトでちょっと変わり者のキット(ズーイー・デシャネル)やトリップの両親(テリー・ブラッドショー&キャシー・ベイツ)など、他の共演者との絡みもそこそこ笑えるので、デート・ムービーには無難な選択かもしれない。

 ちょっと興味深かったのが、男を親元から巣立たせるポーラのテクニック。それはつまり、自分に惚れさせることで、@二人の精神的な結びつきを強めるような悲しい出来事を彼と共有するA彼の友達に好かれるB彼に得意な何かを教えさせる、というものだった。果たして本当に効果があるものなのかは実際のところ不明なのだが。

2006年3月

マンハッタンを出たウディ・アレン

マッチポイント
Match Point (M)


 ウディ・アレンは見る人によってその作品の評価が大きく分かれる監督の一人だ。彼一流の洒落た会話と音楽に心酔するファンが多数いる一方で、「どうみてもしょぼい老人なのにモテ男として出演するのが頭にくる」「いつも設定が同じ」と辛口な観客も多い。それを知ってか知らずか、アレンは近作では俳優としての出演を控え、脚本・監督に専念している。さらには、マンネリズムを打破するためかいつものホームグラウンド、NYを飛び出し、初のロンドンロケによる作品を撮りあげた。

 クリス(ジョナサン・リース・マイヤーズ)は元プロのテニスプレーヤー。将来の夢や目標もないまま、テニスコーチとして漠然とした日々を送っていた。ふとしたことから上流階級の青年トム(マシュー・グッド)と知り合い、彼の姉クロエ(エミリー・モーティマー)と交際するようになる。一方でトムの婚約者で売れないアメリカ人女優のノラ(スカーレット・ヨハンソン)にどうしようもなく惹かれていくクリス。彼女との密会を重ねながらも、クロエとの結婚により保証された上流社会での地位を捨てることができない彼。そんな時、ノラの妊娠が判明し・・・。

 主人公のクリスはエゴの固まりのような悪い男。上流階級への野望とノラに対する執着を、ジョナサン・リース・マイヤーズ(「ベッカムに恋して」(Bend it like Beckham))は、ギラギラした表情で演じて見せる。対するノラ役のスカーレット・ヨハンソンはこれまた男がたぶらかされて(?)しまうのも納得できる位、魅力的だ(ヨハンソンは本作で第63回ゴールデングローブ賞にノミネート)。ヨハンソンのように出演作によって自分の魅力を出したり引っ込めたりできる女優さんが好きだ。例えば「ロスト・イン・トランスレーション」(Lost in Translation)での清楚で内気な彼女を思い出していただきたい。

 軽妙なジャズのオープニングの変わりに荘重で悲劇的なオペラが流れ、摩天楼とハイドパークの変わりには薄曇りの空とテムズ川。さらにはクイーンズイングリッシュが作品全体に漂う抑圧された雰囲気を一層高めている。「英国には長年憧れがあった」というアレンだが、アレン版英国上流社会メロドラマはなかなかどうしてとてもしっくりくるのである。ただ、アレン映画を偏愛する筆者にとっても、タイトル「マッチポイント」に込められた"人生の明暗を決めるのはほんの少しの運"といったテーマが最後まで描ききれていないのが残念だった。さてはアレン監督、NYが恋しくて早く帰りたくなったのだろうか。

2006年2月

人気作家最後の作品の舞台裏

カポーティ
Capote (M)


 トルーマン・カポーティというアメリカの作家をご存知だろうか。不幸な生い立ちながら十代で作家デビュー。若き天才作家として、文壇に留まらず社交界やショービジネス界にも幅広い交友関係を持ち、話題を振りまき続けたセレブ作家である。「遠い声、遠い部屋」、「クリスマスの思い出」などしばしばイノセント(innocent)と形容される一連の代表作の後に、カポーティはそれまでと趣を異にしたノンフィクション「冷血(In Cold Blood)」を発表、以後筆を絶った。本作「カポーティ」はその最後の作品を書き上げた6年間を追ったものである。
 
 1959年、カンザスで一家四人惨殺事件が起こる。カポーティ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、事件を取材しようと獄中の犯人ペリー(クリフトン・コリンズ・Jr)と面会を重ねる。自らの悲惨な生い立ちをペリーに話し、あたかも彼の苦しみを共有しているかのように錯覚させ、彼から事件に関わる話を聞きだすカポーティ。一方でNYに帰れば、取り巻き連中相手に執筆中のノンフィクションがいかに売れそうで金になる作品であるかを豪語する。作品が完成して、カポーティはさらなる名声を手に入れることになる。しかしペリーは作品のタイトルが「冷血」と名づけられたことを知り、カポーティに裏切られたと思う。カポーティはペリーの死刑執行の日が近づくと、弁護士を探してやるという約束を反故にし、面会にも行かなくなる。そしてついにペリーの死刑執行の日が訪れて・・・。

 作品のテーマの一つは、ノンフィクション作家あるいは記者といわれる人たちが取材対象を搾取・利用してしまう側面だ。友人の顔をして近づき、必要な話を聞き終えたら御用済み。しかしカポーティが「冷血」の後に一作も書くことができなかったという事実は、自らのエゴイズムに相当な自責の念を感じていたからなのかもしれない。

 カポーティを演じるフィリップ・シーモア・ホフマンは、ゲイで酒乱であったとされるカポーティを独特な声色と喋り方、身のこなしで熱演(そのため、英語は非常に聞き取りにくい!)、アカデミー賞の前哨戦とも言われる全米映画批評家協会賞主演男優賞を受賞、オスカー候補に祭り上げられている。ホフマンは出演作が多数あるのだが、常に一癖も二癖もある役ばかりなのが特徴だ。個人的には、ジョディ・フォスターなど有名女優とも交遊があり、中々の男前でもあったカポーティをもう少しチャーミングに演じて欲しかった。ホフマン版カポーティは、かなり"おすぎとピーコ"が入っているのである。

 

2006年1月

あのブロードウェーミュージカルが再映画化

プロデューサーズ
The Producers (M)


 「プロデューサーズ」といえば映画監督・脚本家のメル・ブルックスによる、大ヒットブロードウェーミュージカル。来日公演もされているし、数ヶ月前にはシドニーでもオーストラリア人スタッフによる公演が行われたので、生の舞台を見たことのある人も少なくないだろう。ブロードウェー版で演出・振り付けを担当したスーザン・ストローマンを監督に、主役のコンビを務めたネイサン・レインとマシュー・ブロデリックを同じキャストに迎えたミュージカル映画「プロデューサーズ」がここに完成した。

 ブロードウェーの落ち目の演劇プロデューサー、マックス(ネイサン・レイン)の事務所に気弱な会計士のレオ(マシュー・ブロデリック)が帳簿の整理のためにやって来た。「作品が大失敗すれば大儲けができる」とのレオの何気ない言葉に、マックスはある計画を企てる。最低の脚本、最低の役者、最低の演出で、史上最低の芝居をプロデュースし、わざと公演を途中で打ち切らせて、かき集めた資金の残りをせしめてしまおうというのだ。flop(失敗作)になることが間違いない、彼らにとっての最高傑作「ヒットラーの春」を完成させ、人々の酷評を期待しつつ初日公演を見守る二人だったが、なんとしたことか作品は観客に大うけしてしまい・・・。

 英語が喋れない秘書兼女優のウーラ(ユマ・サーマン)やヒットラーに傾倒する脚本家のフランツ(ウィル・フェレル)、そして劇中劇でヒットラー役を務めるゲイのロジャー(ゲイリー・ビーチ)など登場人物は皆ひと癖あり、ブルックスはそれぞれに見せ場を与えている。マシュー・ブロデリックもおどおどした小動物のような会計士レオを、器用に演じているが、やはりなんと言っても本作の屋台骨を支えているのは、マックスを演じるネイサン・レインだ。金持ちの老婦人達から色仕掛けで出資金を巻き上げる小太りの中年男マックスははまり役で存在感たっぷり。歩行器で歩く老婦人達とのダンスシーン(と言えるのだろうか)はちょっと忘れられない名場面だ。

 実は1968年、本作はブロードウェーミュージカルとなる前に映画化されている。ブルックスはこれによりアカデミー脚本賞を受賞したが、日本での扱いは地味で2000年になってようやく劇場公開された。筆者はその際劇場に足を運んだのだが、正直なところ会計士役を演じたブルックス作品の常連、ジーン・ワイルダーの特異なキャラクター以外あまり印象に残るものが無くがっかりしたことを覚えている。今回のリメイク版は、2時間半という長尺ながら全く飽きさせず、存分に楽しませてくれるかなり満足度の高い作品に仕上がっていると言えよう。

 






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