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2006年7月
二転三転のラスト
ハーフライト (邦題未定)
Half Light (M)
霊感もないし、非現実的な事象も信じないのだけれど、現在の家に引っ越したばかりの頃、一人で部屋にいると誰かがすっと横を走り抜けていくような気配を感じたり、夜眠ろうとすると誰かにそっと起こされるような気がしたりしていた。数ヶ月経ち、今では家の住人と見なされたからか、この頃はそういった現象は起きなくなったけれど、別の世界からのメッセージというものも、ありえなくはないなと思うようになった。
人気作家のレイチェル(デミ・ムーア)は、不慮の事故で幼い息子を亡くし、失意の中にいた。傷心を癒し、次回作の執筆をするため、スコットランド高地の孤島に一人移り住むレイチェル。年下のハンサムな灯台守アンガス(ハンス・マシソン)と出会い少しずつ癒されていく彼女だったが、死んだ息子の気配を身の回りに感じるようになる。息子を死なせてしまった自責の念から息子の影におびえるレイチェルだったが、村の変わり者の女性モラグは彼女を一目見てこう言う。
"Your son is waiting for you on the swings."
「坊やがブランコで待ってるわ」
"My son? My son drowned." 「何ですって!?息子は溺れて死んだのよ」
"He follows you everywhere. He is trying to warn
you." 「坊やはいつもあなたと一緒よ。気をつけてって、言いたいのよ」
"About what?" 「気をつけてって、何のこと?」
そんな時、村人達からアンガスに関する信じ難い事実を知らされるレイチェル。心のよりどころと思っていたアンガスは一体何だったのか、それとも村人全員が自分を騙しているのか、そして息子からの警告メッセージの本当の意味は・・・。二転三転のひねりを効かせ、最後まで飽きさせないところが気に入った。
今回、出世作「ゴースト」とはかなり毛色が違うお化けモノに取り組んだデミ・ムーア。女性誌でよく見かける、16歳年下の夫アシュトン・クッチャーとのツーショット写真では驚異的に若々しいデミだが、やはり大きなスクリーンでアップになると実年齢なりの美貌という感じがする。だからこそ、亡き息子への愛しい思いと年下の若者へのときめきを抱きつつ、勇猛果敢に身の危険に対処する強くて美しい女流作家役がしっくりくるのだろう。実際のロケは北ウェールズの島で行われたそうだが、悪天候に見舞われ大変だったよう。撮影終了時、デミはビール20箱をプレゼントして、クルーの労をねぎらったのだとか。実生活でも男前のデミのようだ。
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2006年6月
嘘がつなぐ妻と夫
セパレイト・ライズ (邦題未定)
Separate Lies (M)
全てが完璧で陰りなど微塵もなく、他人からはまさに理想のカップルと羨まれるような男女関係にも、それはまあ人間だからよくよく探せばアラの一つや二つは出てくるだろう。しかし、何もかも持っていると思っていたのは自分だけで、相手の側には何一つ真実がなかったとしたら。
弁護士ジェイムズ(トム・ウィルキンソン)はやり手の弁護士。普段はロンドンのフラットで激務をこなし、週末は郊外の広い別荘で若く美しい妻のアン(エミリー・ワトソン)とともに静かなで充実した時間を過ごしていた。ある日のこと、別荘の家政婦の夫がひき逃げに遭って亡くなってしまう。ジェイムズは、離婚してNYから帰ってきたばかりの知人の若者ウィリアム(ルパート・エヴェレット)の車に不振な引っかき傷を認め彼を疑い、彼を問い詰める。
ウィリアムは容疑を認めたが、それは事件の真相の一端に過ぎなかった。帰宅したジェイムズが、ウィリアムの告白をアンに告げる。使い勝手の良い広いキッチンで、夕食用にオードブルの盛り合わせを用意しているアン。ウィリアムを何故か庇うアンに、ジェイムズは彼女の異変を感じ取る。彼女の押し殺した表情と、強すぎる勢いでチーズやズッキーニーを刻んでいく様子が、ことの重大さをさらに増幅させていく。
"Even you sometimes make mistakes." 「あなただって間違うことはあるでしょ」
"I don't usually kill people. What is it? Am
I missing something?" 「僕はめったなことじゃ人は殺さないよ。一体どうしたっていうんだい?僕は何か大事なことを見落としているのかい?」
"Yes. I was with him." 「ええそうよ。彼と一緒だったのよ」
信じていた妻の不貞を知り愕然としながらも保身のために奔走するジェイムズを演じるウィルキンソン、夫に不倫がばれてもなお、愛人のもとへ走るアン身勝手なアンを演じるワトソン、いかにも放蕩息子なウィリアムを演じるエヴェレットと、メインキャストの役者達はそれぞれ的確な演技で魅せてくれる。とりわけ、前作「奇跡の海」では純粋でかつ性に奔放なヒロインを演じた彼女だったが、勿体ぶったアッパーミドルの人妻をぴたりと演じるワトソンに、ただ者ではない演技の幅の広さを再認識した。ジェイムズとアンの夫婦は一度全てを失うが、失って初めてお互いを見つめあい、愛し始めようとする。うわべの虚飾に惑わされて現実を直視できないでいるうちは、永遠に真実を手に入れられないということなのだろうか。
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2006年5月
親子を照らす柔らかな日差し
ある晴れた日に (邦題未定)
On A Clear Day (PG)
オーストラリアに暮らしていて、いつも感謝しているものがある。色鮮やかに晴れわたるこの青空だ。ちょっと疲れて、体や心がカゼをひきそうになってもこの空を見上げたら、大抵は「ま、いっか」と癒されてしまう、とてもありがたい存在なのだ。
けれど世界中の空が全て、私たちの空のように気前良く晴れまくってくれているわけではもちろんない。例えばイギリスなんかどうだ。いつもどんよりと重々しい雲がたちこめて、お天気の日なんて年にほんの数日だ。"On
A Clear Day" (ある晴れた日に(邦題未定)と題された本作ではあるが、空はやっぱりどんよりと曇っている。長年勤め上げた造船所を解雇されたフランク(ピーター・ミュラン)は人生の目標を失ったような気持ちでいた。十数年前、双子の息子の一人を事故で失って以来、残された息子ロブ(ジェイミー・サイヴス)との関係は断絶、妻のジョアン(ブレンダ・ブレシン)も夫と息子の絆を修復してやることもなく、家族はバラバラだった。そんな時、同僚のダニー(ビリー・ボイド)がふと口にした冗談から、フランクはドーバー海峡を泳いで横断することを決意する。無謀とも思えるフランクの計画だったが、彼の強い気持ちは彼自身と周囲の人々の気持ちを少しずつ変えていく。
失業、肉親の死、親子の断絶・・・。この重くシリアスなテーマを、曇り空はこの上ない大道具として大いに盛り立てている。カンヌで主演男優賞を受賞した「マイ・ネーム・イズ・ジョー」での演技が印象的な、フランク役のピーター・ミュランはいつも眉間に皺を寄せていて、この世の不幸を一身に背負っているよう。とてもとても重苦しくてお腹が一杯、と思っていると、この重く立ち込めた雲が次第に消えていき、雲の切れ間から光が差し始める。光の一つは、フランクを盛り立てる元同僚や友人達だ。フランクを助けているようで実は彼らも自分達の問題に向かい合おうとしている。そしてもう一つの光は妻のジョアンだ。ジョアン役のブレンダ・ブレシンといえば、オスカーを獲得した「秘密と嘘」が思い出されるが、相変わらず上手い。くたびれて崩れて少しだらしないんだけれど、色気があって憎めなくて。
周囲の人々に見守られながらドーバー海峡を泳ぎ切った時、フランクの心に長年立ち込めていた厚い雲がようやく消え、断絶していた親子の絆が再生する。空の雲もすっかり晴れていて、柔らかな日差しが親子を優しく照らしている。オーストラリアのようなピーカンではないけれど、淡い穏やかな青空も中々いいもんだと爽やかな気持ちにさせられた。
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2006年4月
パラサイトシングルは世界共通?!
フェイラー・トゥー・ローンチ (邦題未定)
Failure to launch (M)
"tied to one's apron strings" (エプロンの紐に縛り付けられて)というクリーシェ(決まり文句)がある。平たく言うと「(特に母親から)親離れできないでいる」こと、つまりは"パラサイトシングル"な状態のこと。この言葉が日本で市民権を得てから久しいが、パラサイトな人々はここオーストラリアでも増殖中と聞く。不動産が値上がりし、マイホームを手にすることがどんどん難しくなっている昨今、それもさも有りなんといったところだ。ところで、そんなパラサイト族がはびこっているのは日豪だけではないようだ。
トリップ(マシュー・マコノヒー)は35歳で独身。これまで一度も"leave the nest"
(親元を離れて独立する)なんて考えたこともなく、あたかも家政婦付きの高級マンションに暮らすかのように、両親との快適な同居を楽しんでいた。業を煮やした両親は敏腕のコンサルタント、ポーラ(サラ・ジェシカ・パーカー)を雇い、トリップを家から追い出そうと画策する。知的でチャーミングなポーラにすぐに魅了されるトリップ。ポーラの計画が無事完了するかに思えた時、ひょんなことからトリップは全てを知ってしまい・・・。
良い年をしてなかなか家を出て行かない主人公トリップを演じるのは、米雑誌「ピープル」の最近の読者アンケートで、「近頃最もセクシーな男性」という栄誉に輝いたマシュー・マコノヒー。対する魅力的なプロの"自立させ屋"ポーラを演じるのは「セックス・アンド・ザ・シティ」
(Sex and the City)でお馴染み、映画でも主演作が続くサラ・ジェシカ・パーカー。パーカーは旦那のマシュー・ブロデリックも仕事が順調、さらには自身の名前を冠した香水も昨年発売されて、公私共にノリに乗っている。そんな今を輝く二人の共演が、容易に先が読めてしまう本作をかろうじて退屈させることなく見せてくれる。ポーラのフラットメイトでちょっと変わり者のキット(ズーイー・デシャネル)やトリップの両親(テリー・ブラッドショー&キャシー・ベイツ)など、他の共演者との絡みもそこそこ笑えるので、デート・ムービーには無難な選択かもしれない。
ちょっと興味深かったのが、男を親元から巣立たせるポーラのテクニック。それはつまり、自分に惚れさせることで、@二人の精神的な結びつきを強めるような悲しい出来事を彼と共有するA彼の友達に好かれるB彼に得意な何かを教えさせる、というものだった。果たして本当に効果があるものなのかは実際のところ不明なのだが。
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2006年3月
マンハッタンを出たウディ・アレン
マッチポイント
Match Point (M)
ウディ・アレンは見る人によってその作品の評価が大きく分かれる監督の一人だ。彼一流の洒落た会話と音楽に心酔するファンが多数いる一方で、「どうみてもしょぼい老人なのにモテ男として出演するのが頭にくる」「いつも設定が同じ」と辛口な観客も多い。それを知ってか知らずか、アレンは近作では俳優としての出演を控え、脚本・監督に専念している。さらには、マンネリズムを打破するためかいつものホームグラウンド、NYを飛び出し、初のロンドンロケによる作品を撮りあげた。
クリス(ジョナサン・リース・マイヤーズ)は元プロのテニスプレーヤー。将来の夢や目標もないまま、テニスコーチとして漠然とした日々を送っていた。ふとしたことから上流階級の青年トム(マシュー・グッド)と知り合い、彼の姉クロエ(エミリー・モーティマー)と交際するようになる。一方でトムの婚約者で売れないアメリカ人女優のノラ(スカーレット・ヨハンソン)にどうしようもなく惹かれていくクリス。彼女との密会を重ねながらも、クロエとの結婚により保証された上流社会での地位を捨てることができない彼。そんな時、ノラの妊娠が判明し・・・。
主人公のクリスはエゴの固まりのような悪い男。上流階級への野望とノラに対する執着を、ジョナサン・リース・マイヤーズ(「ベッカムに恋して」(Bend
it like Beckham))は、ギラギラした表情で演じて見せる。対するノラ役のスカーレット・ヨハンソンはこれまた男がたぶらかされて(?)しまうのも納得できる位、魅力的だ(ヨハンソンは本作で第63回ゴールデングローブ賞にノミネート)。ヨハンソンのように出演作によって自分の魅力を出したり引っ込めたりできる女優さんが好きだ。例えば「ロスト・イン・トランスレーション」(Lost
in Translation)での清楚で内気な彼女を思い出していただきたい。
軽妙なジャズのオープニングの変わりに荘重で悲劇的なオペラが流れ、摩天楼とハイドパークの変わりには薄曇りの空とテムズ川。さらにはクイーンズイングリッシュが作品全体に漂う抑圧された雰囲気を一層高めている。「英国には長年憧れがあった」というアレンだが、アレン版英国上流社会メロドラマはなかなかどうしてとてもしっくりくるのである。ただ、アレン映画を偏愛する筆者にとっても、タイトル「マッチポイント」に込められた"人生の明暗を決めるのはほんの少しの運"といったテーマが最後まで描ききれていないのが残念だった。さてはアレン監督、NYが恋しくて早く帰りたくなったのだろうか。
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2006年2月
人気作家最後の作品の舞台裏
カポーティ
Capote (M)
トルーマン・カポーティというアメリカの作家をご存知だろうか。不幸な生い立ちながら十代で作家デビュー。若き天才作家として、文壇に留まらず社交界やショービジネス界にも幅広い交友関係を持ち、話題を振りまき続けたセレブ作家である。「遠い声、遠い部屋」、「クリスマスの思い出」などしばしばイノセント(innocent)と形容される一連の代表作の後に、カポーティはそれまでと趣を異にしたノンフィクション「冷血(In
Cold Blood)」を発表、以後筆を絶った。本作「カポーティ」はその最後の作品を書き上げた6年間を追ったものである。
1959年、カンザスで一家四人惨殺事件が起こる。カポーティ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、事件を取材しようと獄中の犯人ペリー(クリフトン・コリンズ・Jr)と面会を重ねる。自らの悲惨な生い立ちをペリーに話し、あたかも彼の苦しみを共有しているかのように錯覚させ、彼から事件に関わる話を聞きだすカポーティ。一方でNYに帰れば、取り巻き連中相手に執筆中のノンフィクションがいかに売れそうで金になる作品であるかを豪語する。作品が完成して、カポーティはさらなる名声を手に入れることになる。しかしペリーは作品のタイトルが「冷血」と名づけられたことを知り、カポーティに裏切られたと思う。カポーティはペリーの死刑執行の日が近づくと、弁護士を探してやるという約束を反故にし、面会にも行かなくなる。そしてついにペリーの死刑執行の日が訪れて・・・。
作品のテーマの一つは、ノンフィクション作家あるいは記者といわれる人たちが取材対象を搾取・利用してしまう側面だ。友人の顔をして近づき、必要な話を聞き終えたら御用済み。しかしカポーティが「冷血」の後に一作も書くことができなかったという事実は、自らのエゴイズムに相当な自責の念を感じていたからなのかもしれない。
カポーティを演じるフィリップ・シーモア・ホフマンは、ゲイで酒乱であったとされるカポーティを独特な声色と喋り方、身のこなしで熱演(そのため、英語は非常に聞き取りにくい!)、アカデミー賞の前哨戦とも言われる全米映画批評家協会賞主演男優賞を受賞、オスカー候補に祭り上げられている。ホフマンは出演作が多数あるのだが、常に一癖も二癖もある役ばかりなのが特徴だ。個人的には、ジョディ・フォスターなど有名女優とも交遊があり、中々の男前でもあったカポーティをもう少しチャーミングに演じて欲しかった。ホフマン版カポーティは、かなり"おすぎとピーコ"が入っているのである。
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2006年1月
あのブロードウェーミュージカルが再映画化
プロデューサーズ
The Producers (M)
「プロデューサーズ」といえば映画監督・脚本家のメル・ブルックスによる、大ヒットブロードウェーミュージカル。来日公演もされているし、数ヶ月前にはシドニーでもオーストラリア人スタッフによる公演が行われたので、生の舞台を見たことのある人も少なくないだろう。ブロードウェー版で演出・振り付けを担当したスーザン・ストローマンを監督に、主役のコンビを務めたネイサン・レインとマシュー・ブロデリックを同じキャストに迎えたミュージカル映画「プロデューサーズ」がここに完成した。
ブロードウェーの落ち目の演劇プロデューサー、マックス(ネイサン・レイン)の事務所に気弱な会計士のレオ(マシュー・ブロデリック)が帳簿の整理のためにやって来た。「作品が大失敗すれば大儲けができる」とのレオの何気ない言葉に、マックスはある計画を企てる。最低の脚本、最低の役者、最低の演出で、史上最低の芝居をプロデュースし、わざと公演を途中で打ち切らせて、かき集めた資金の残りをせしめてしまおうというのだ。flop(失敗作)になることが間違いない、彼らにとっての最高傑作「ヒットラーの春」を完成させ、人々の酷評を期待しつつ初日公演を見守る二人だったが、なんとしたことか作品は観客に大うけしてしまい・・・。
英語が喋れない秘書兼女優のウーラ(ユマ・サーマン)やヒットラーに傾倒する脚本家のフランツ(ウィル・フェレル)、そして劇中劇でヒットラー役を務めるゲイのロジャー(ゲイリー・ビーチ)など登場人物は皆ひと癖あり、ブルックスはそれぞれに見せ場を与えている。マシュー・ブロデリックもおどおどした小動物のような会計士レオを、器用に演じているが、やはりなんと言っても本作の屋台骨を支えているのは、マックスを演じるネイサン・レインだ。金持ちの老婦人達から色仕掛けで出資金を巻き上げる小太りの中年男マックスははまり役で存在感たっぷり。歩行器で歩く老婦人達とのダンスシーン(と言えるのだろうか)はちょっと忘れられない名場面だ。
実は1968年、本作はブロードウェーミュージカルとなる前に映画化されている。ブルックスはこれによりアカデミー脚本賞を受賞したが、日本での扱いは地味で2000年になってようやく劇場公開された。筆者はその際劇場に足を運んだのだが、正直なところ会計士役を演じたブルックス作品の常連、ジーン・ワイルダーの特異なキャラクター以外あまり印象に残るものが無くがっかりしたことを覚えている。今回のリメイク版は、2時間半という長尺ながら全く飽きさせず、存分に楽しませてくれるかなり満足度の高い作品に仕上がっていると言えよう。
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